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【近親相姦】妹が不妊を理由に離婚された。今は一線越えて幸せです

サイキ

俺は35歳。
今年の初めに30歳になったばかりのが、不妊を理由に春先に離婚の憂き目を見た。
俺たちの実家はド田舎で、離婚、特に不妊を理由にした女の離婚はこれ以上ない不名誉だから、は実家に帰れず、俺のマンションに転がり込んできた。
俺たちは元々とても仲が良くて、高校の頃には近親相姦寸前まで行ったこともあったので、焼け木杭に火が付き、8月の特に暑かった熱帯夜にとうとう一線を越えた。
実家には「は、こっちで面倒見るから」と言って安心させてあるし、今ではにも仕事が見つかり、それなりに幸せ。

が小学生で俺が高校生という組み合わせの時は、
俺に良く懐いて慕ってくれる小さなが―普通の意味での兄妹として―とても愛しかった。
妹が中学生で俺が大学生という状態になって、俺たちは互いを異性として意識しだした。
夜にこっそりとお互いの部屋を行き来したりしてエロ話に興ずるようになったのも、この頃だった。
俺は馬鹿で、隣町の無名三流大学にしか行き場が無かったが、そこへは実家から十分に通えたので、そのお陰で妹と一緒に居られるのが本当に嬉しく、自分の馬鹿さ加減に感謝した。

が高校に入りぐっと色っぽさが増すと、俺たちは外出の時に恋人っぽく手を繋いだり腕を組んだりするようになり、知らない奴から「ひゅーひゅー」とからかわれたり、ヤンキーに「見せ付けてんじゃねえよ」と罵られたりしては、「俺たちって恋人同士に見えるんだな」と喜んでいた。
そんなことをして楽しんでいたある夏の日の蒸し暑い夜、今でもはっきり思い出せるが、タンクトップとホットパンツという挑発的な姿で俺のベッドの上にだらしなく仰向けに寝転がるの、その甘くて生々しい体臭につい自制心を無くした俺は、その身体の上に覆い被さった。
は、「暑苦しい」とか「汗臭いよ」とか言いながら少し抵抗したが、そのうち、俺の背中へそっと腕を回してきた。
の体臭に酔いながら俺はキスを迫ったが、しかし二人ともに自制心がすんでの所でブレーキを掛け、はそそくさと自室へ引き上げてしまったが、幸い翌日からも俺たちは"仲良し兄妹"のままで居られた。


妹が熱烈な大恋愛を経て結婚した時は、本当に心から嬉しかった。
相手は将来有望だしとても良い奴だからもう何の心配もない...、と思っていたところに妹の不妊が発覚する。
何年か治療したものの上手く行かず、最初は味方してくれていた亭主もとうとう姑に押し切られて離婚となった。

俺の所に転がり込んできた当時は心身ともにくたくたで、酒を飲んでは愚痴りながら泣いていた妹を、俺は気晴らしにいろいろなところへ連れ出した。
その甲斐あって初夏くらいから元気になり始め、俺たち二人での生活にも慣れて良いリズムが出てきた。
出かける先々で「ご夫婦ですか?」と訊ねられたりカップル用の席に案内されたりするので、俺たちはいつの間にか妹が高校生だった時に戻り、精神的にも肉体的にも間近に寄り添うようになった。

そして、あの真夏の熱帯夜に、俺たちは男と女の関係になった。
なかなか上手くゆかなかった子作りのために旦那といろいろなセックスを試したというだけあって、妹は全身が性感帯になっており、激しく悶え乱れるその姿は俺をあっというまに虜にした。
俺は、妹の乳房や下腹が年相応に少しばかり垂れ気味なことなんて全然気にならないほど、生涯で初めての中出しセックスに汗まみれで没頭した。

俺とのセックスは妹を精神的に蘇らせたようで、溌剌とした笑顔の戻った妹は近所のスーパーマーケットでパートを始め、生き生きした生活を送っている。
俺も、妹のお陰で心も身体も豊かで幸せになれた。

温かい言葉にこちらのほうが元気を貰った。
「結婚式を盛大にやって早く子沢山になるのが幸せ」っていう馬鹿みたいな時代遅れの思考を、後生大事に持っている奴らは居るところにはまだまだ山ほど居る。
女を「子作りに役立つかどうか」で格付けするのが他ならぬ女なんだから、
ジェンダーも何もあったもんじゃない。馬鹿馬鹿しくて涙も出ない。
だが、そういう碌でもない思考のお陰で俺たち兄妹結ばれることができたんだと思うと、
ちょっと逆説的で面白い気はする。


 

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